国宝
若干ネタバレ、というか、セリフバレを含みます。といってももうみんな観てると思うんで、しても問題ないとは思うのですが。
本当に遅ればせながら、映画 国宝観てきました。個人的な後悔なのですが、小説読んでおけばよかった…。大変いい映画でしたが、文字で読むより視覚的なイメージの方がインパクトが強くなってしまうので、こんな名作なら小説を読んでから映像作品を観ればよかった、と思ったのです。
映画には興味がなくて、小説はちょっと気になっていました。その時に読めばよかった。しかし、この映画に誘ってくれた我が友には感謝ですし、今からでも観られたことは本当に意義深いことでした。
少年時代の喜久雄を演じた子役は黒川想矢くんというらしいけれど、劇中で、歌舞伎を演じ始めた瞬間の豹変が恐ろしい…。この子役は歌舞伎役者の一門に生まれたのかと思うようなすごい才能を感じたし、歳に不相応な恐ろしい色気。こんな若い男の子にこんな表情ができることに驚愕。
そして、劇中で人間国宝の女形、小野川万菊を演じた田中泯の静かな迫力には圧倒された。
そして喜久雄と俊介のシーンよりも、私は万菊の台詞一つ一つに心を打たれて、涙を堪えながらつい何度も頷いて聴いた。
正確には覚えていないからそんなふうには言っていないかもしれないけれど、
少年時代の喜久雄を捕まえて、本当に美しい顔をしているがその顔は芸には邪魔でしかない、食い殺される、と言った台詞は実に恐ろしかったし、
俊介の稽古をつけながら、
「あなたは歌舞伎が憎いんでしょう。でも、それでもいいの。それでも演るの、それが私達役者というものでしょう」
という言葉、
年老いて寝たきりになってから呼び寄せた喜久雄に
「ここには美しいものが何もないでしょう。ほっとするんですよ、もういいんだって。あなた、どこにいたの?私にはわかるんですよ」
という台詞。
妙なベタつきや外連がなく淡々と語られるその台詞のエネルギーたるや。
私は役者じゃないし、プロでもないし、歌舞伎役者の人の気持ちなんて全然わかりません。ただ、サンバをやっていると、人に見せる楽しさだけじゃなくて、人に見せなければならない(見られる、ではなくて)苦しみを嫌でも味わう時が来ます。確かに楽しくてやっているし、嫌ならやめればいいかもしれない。だけれど、喜久雄が震えながら半二郎の代役を演じ切ったように、逃げ出したいけどやりたい、という気持ちになることだってあります。「それでもやる」という演者の姿を私はサンバの師匠に教わりました。今は、「それでもやる」のが演者なのだと何となく理解できるようになりましたが、私のように才能があるわけでもなく、100%の気持ちでサンバが好き、と言えるほど腹の決まっていない人間には「それでもやる」が途方もなく覚悟が必要で苦しいこともよくあります。でも、「それでもやる」を選ばざるを得なかったし、それを人に選ばされたのでもなかったし、自分で(たくさん人に支えてもらったけれど)他に道はないと思って選んできたし、その苦しさをふと思い出して、言葉にすることのできない感情になりました。私だって楽しいだけでサンバを続けてきたわけじゃない。でも、楽しいという気持ちだけじゃなかったら、続けちゃいけないんですか?私は多分、楽しいとか好きという気持ちだけでやっていたのならここまで踊ることは続けてこなかった。
そして俊介に向けられた万菊のその言葉を陰から聴く、「演りたいのに演れない、役のない苦しみ」を抱える喜久雄の気持ちも私はよくわかります。喜久雄は才能がありながら出番に恵まれない時期がありましたが、私には才能がなくて、出る機会もないのですけれど。
そして、晴れの舞台が終わって日常の練習モードに戻って、しょぼい練習着に身を包み、きらびやかな衣装を着なくてよくなると、ほっとするのです。
演者には一生をかけてなっていくものなのでしょう。
順風満帆そうに見える若き日の喜久雄が神社で祈る姿を見た娘に、「神様にお祈りをしていたのではなく、悪魔と取引をしていた。歌舞伎をもっと上手くしてほしい。そうしてくれるなら他には何もいらないと言ったのだ」
と答えた気持ちも理解できる気がする。そして娘はその言葉をどんな気持ちで聴いたのか。私ももう少し若かった頃、「誰よりも上手く踊れるようにしてくれるのなら、どんな苦労でもする、何を犠牲にしてもいい」と神に祈ったことがあったな、と思い出しました。
そして、喜久雄が探している景色を見つけたのは、美しくもあり悲しくもある最後のような気がしました。
アマチュアダンサーとしても大した人間じゃないくせに、才能と壮絶な努力だけで生き抜く人たちの世界を描いた映画を見て、何となくセンチメンタルな気分になりましたが、ネジを巻かれて、もう少し踊ろうかな、という気分にもなりました。
心が動いた、という意味で、本当に観てよかった映画のような気がします。
言葉にすると軽薄で、ちゃんとまとまってもいないのですが、それが今感じる全てです。
私の価値は「私」が決める
ずーっとモヤモヤし続けているけど、いつまで結婚のネタを引き摺っているんだよ、幸せアピールうぜえよと呆れられるのも嫌だし、だからと言って、不幸な私をアピールしたいわけではないので、悩んでブログにしてみました。 facebookとかに書くと嫌でもタイムラインに流れてきたのを見ちゃう人もいるから。
少し前に感じたことで、今は少し落ち着いてきた話。
私が結婚したことを祝福してくださった皆様には、心から感謝申し上げます。でも、純粋な気持ちで「おめでとう」と言ってくれたわけではない人も複数いることをすごく感じているのも確か。
なんであんなに暗くて卑屈で性格悪いあいつが結婚できるの、あいつが結婚して幸せになったのとかウザい、とか思ってそうな人達の悪意を感じます。隠していたつもりかもしれないけど、それはもうはっきりと。 そしてそのうち私のパートナーをバカにし始めるんじゃないかな、ということだけ気になっている。こんなたぬきに釣り合う男だからきっと碌でもないやつだ、とか。
私も言わせてください、はっきりと。
「結婚は私の価値とは無関係。だから結婚できる私に価値があるわけでも、結婚できなかった時の私に価値がなかったわけでもないし、結婚は人に羨ましがられるようなことでもない」
まだ同居すらしていないのに、結婚の難しさは日々感じているし、結婚がゴールじゃなくて、私は、縁あって一緒になった人と何とか死ぬまで添い遂げるという新しいタスクと挑戦を与えられたと思っている。
なぜ私が結婚できたかと言えば、私に魅力があったからとかではなくて、ただ、「結婚」という目的のためにお金と時間と労力を使ったから。ロマンチックな何かは何もないし、あるのは新しい人生の課題だけ。
だからと言って悲観してるわけでもない。
私と一緒にいることを選んでくれた主人には感謝しかないし、この先は家族の幸せのために生きていく義務が私にはある。そんな新しい挑戦ができることにも感謝している。そしてそんなどうでもいい私の人生の一幕を祝福してくれた人にも心から感謝している。
でも、私が結婚してるとかしてないとかのステータス、容姿、持ち物、お金、才能...そんなもので人生が変わると思う?そんなわけないでしょ!(人に羨ましがられるようなもの何にも持ってないけどね…😓)
もう一回言う。そんなわけないでしょ!
結婚する前日に悩んでいたことが、結婚した瞬間から消えるなんてことあるわけない。結婚して2人になったからと言って、自分の抱える悩みが半分になるわけではなくて、自分の悩みを棚上げしても、自分自身の外にあること(家族のケアをどうするかとか、将来のマネープランをどうしようかとか、子どもを持つ人ならどう子育てしようかとか)に頭を悩ませる存在にならないといけなくなった、というだけ。
それが社会的な存在になった、ということだし、それこそが「結婚してこそ一人前」というステレオタイプな価値観のもとなんだと思う。
だけど、しつこいけど、自分自身の悩みがなくなるわけではない。優先順位やウェイトは下がるけど。
私という人間の価値は、私だけが決められる。
だから何も変わらない。
浅草サンバカーニバル2025総括
といっても個人的な総括です。そしてセンセーショナルな写真はありません。
今年の我がチームのテーマは「不思議の国のアリス」。テーマの発案者はズバリ(死語)私。
象徴的で、表現しやすく、ダンサーの女の子たちが可愛く綺麗に見えるテーマ…と考えたら私の中ではこれしか残らなかった。
他には「魔法(Mágica)」なんてのも考えたけれども、S1リーグの優勝常連チームさんが何年か前にやっていたな、と。だからダメってわけでもないでしょうが、どうしたってチームの規模が違うので、観ていた人にS2のチームがやるとショボいね。とか思われたらすごくムカつきそうな気がして、発案するのをやめた。
個人的にやってみたいテーマは「世界一周」みたいなテーマ。でも、どこをピックアップするかが難しいと思う。だけど、ピンクのスーツに箱みたいなちっちゃな帽子を被ったCAがずらっと居並ぶコミサンとか、オシャレじゃない?
でも、今年は肝心の私が、燃えきれなかった。まず、7月くらいまでが異様に忙しく、ヤバい残業時間がついていたので、当然レッスンも自主練も行く時間なし。行かなきゃ当然下手になるから余計にやる気もなくなる。行っても下手だと楽しくない、太った身体を見るのが嫌で余計に踊らなくなる、という悪循環。
自分がジスタキをやるアーラの振付を担当したものの、去年より忙しくて振付を考えるのに使う時間がなく、付け焼き刃みたいな適当な振りになっちゃって、結局気に入らなくて微修正を繰り返し、出来上がった振りの全体像には何だか満足がいかない。最初にこの振りを見せられたアーラメンバーはどう思ったか不安だ。
結果的に観ていた人からは、私のアーラはちゃんと踊っていていい感じだった、と言われた。
けれども、それはアーラメンバーの努力によるもので、私のがんばりじゃない。アーラのメンバーじゃなくて、普段からサンバを踊っている内部のメンバーも、たぬきの振付は難しいね、と言っていたし、そういう意味でも失敗だったかもしれない。踊りきってくれたアーラメンバーには感謝だけれど。
そんなこんなで自分が絡むところは何一つとしていいところがなくて、反省しかない。けれどもあまり反省すらしていない。踊りもしない。サンバがどうでもよくなっちゃった、というのが正直なところだ。でも今勢いに任せて辞めたら後悔する気がして、辞めていないだけ。
サンバじゃなくても同じかもしれないが、「つまらない」と文句を言うばかりの人間は、そいつこそ本当につまらない。つまり多分、今の私はつまらない人間に成り下がっているんだと思う。
面白い踊り(コミカルってことではなく)を見せられる技術力もない。これから何とかするしかないけど、少なくとも今の私には何もない。自分の動きが見えないところで自分の動きを綺麗にするのは難しい。鏡のないところで綺麗に踊る練習って絶対必要だし、自分の身体の使い方の癖も理解しないといけない。
面白い人間になりたいな、と思う。
そしてそれを踊りの中で見つけられたら。言葉以外の方法で。
迷子のたぬき
最近、目指すものを失っている感じがしています。サンバは続けてがんばっていればいつか上手くなる、営業にもっと出るチャンスがやってくる、と思っていたけれど、私は一つ飛ばして若い子の世代に移ってしまった感じがあるし、仕事はもう転職も難しい年齢になりました。ようやく結婚はしたけれど、子供を産むにはもう年齢も高齢すぎる。
やりたいことはいくらでもあるけれども、何も達成できていなく、この先何をしたらいいのかわからない。生き方が迷子です。
憐れまれたり、見下されるのも嫌なんですけどね。だって全てにおいていつも一生懸命、精一杯がんばってやってきたから。
たぬきの婚活の話
無沙汰をしてました。別にブログを書くのに飽きて続かなくなったわけではなく、次にブログを書くタイミングを決めていたのです。それは、結婚をした時。しました。
去年の秋から婚活してました。
恋焦がれたたぬきの山の人間の彼には振られ、この先の人生を真剣に考えた時に、相手に寄りかかる生き方はしなくとも、転んだ時に立ち上がれるよう手を貸してくれる人はほしいし、私も誰かにそんなふうに必要とされたいと思ったからです。その彼に振られるまでは、結婚なんかしなくてもパートナーがいればそれでいいって本気で思ってた。でも、契約に縛られない口約束の関係は簡単に解けます。
でも婚活って楽じゃなくて。
まず結婚に課金しなきゃいけないという事実がメンタル的に結構しんどい。その時点でだいぶ自尊心が削られます。それでも始まったら女性側は結構「申し込まれ」でお見合いが決まることが多いようで、毎週末がお見合いで消える。エンサイオの後に駆けつけお見合いとか、勘弁してくれってレベル。
好きでもない相手とオシャレな東京ステーションホテルのラウンジで1時間お茶をするってかなりの苦痛です。そしてすっごく疲れます。
話が一方的でイライラさせられる人や食べ方・飲み方が汚い人とお茶なんてする羽目になったら恥ずかしいしもう最悪です。
だからと言って初対面の相手に表立って指摘するのも憚られる。もう会いたくない相手だけれど、これも出会いだし、高飛車だと思われたくないし、様子を見るか、と思って2回目のデートを希望したら、大っ嫌いなその相手にお断りをされたり。
本当に自尊心がかき氷ばりにゴリゴリに削られます🍧
そして、何がどう転んだか経営者の人や弁護士さんとも交際できたけど、自分のことばっかりで話がつまらなかったり、知性がなくてがっかりしたり…(たぬきも頭悪いので人のこと言えないけど、ほら、たぬきにしてはお嬢様で、たぬきにしてはインテリだからw)。
それでも運が良かったのは、私は婚活を始めて2ヶ月目に「この人となら交際できる」と思える相手に出会えたこと。
9月から婚活し始めて、年明けには成婚退会。
そして、令和7年7月12日、大安と一粒万倍日の重なる日に婚姻届を出したのでした。
この先、たぬきが人妻に化けきれなくなって離婚されてしまうかもしれないし、うちの主人は、学歴も高くない、収入も別に高くない、別にイケメンでもないし(というよりはブサ(ry←再び人のこと言えない)、踊りも踊れないし楽器も叩けないし、歯を磨くのでさえ不器用なダメな人です。だから人様に自慢できるようなキラキラした結婚では少しもない。そういうものは信じないからそれでいい。
でも気持ち悪くないし、自分のことばっかり話さないし、こんな私と一緒にいてくれるというのだから、そういうパートナーのことはこの先、大事にしようと思います。
というわけでたぬきは人妻になったのでした。
なんか狐の嫁入りっていうと神秘的だけど、たぬきの嫁入りって言ったら一気にコミカルになるわw
汚い話
※お食事中の方は、お読みにならないでください※
昨夜は、何だかそこそこな頭痛がするなと思いつつ、疲れていたのもあって、気のせいだと誤魔化しながら睡眠。今朝は目覚ましが鳴る前に頭痛で目が覚める。こんなちゃんとした片頭痛は本当に久しぶり。気持ち悪いし頭痛で顔半分が全部痛いし、呼吸まで辛いような…。ようやく歯を磨いて顔を洗って、化粧ができなくてマスクして出勤。え、糖質制限してるとか言いながら、昨日帰りにどうしようもなくお腹が空いて、チーズハットグなんか買い食いしたせい?
駅の階段を駆け上がった後のダメージが普段の20倍くらい。筋肉も痛いし息の上がりも激しい。そこから加速度的に頭痛が悪化。ガンガンし始める。椅子取りゲームの早さで空いてる席に座ったものの、頭痛は悪化するし、息は苦しいし、なんかこれ、ヤバいのでは?と思い始める(6時台の空いてる電車に乗ったことだけはいろんな意味で、自分GJ)。座っても改善しないし、息も荒くなって、隣の人に変に思われたくなく、もうどうしようもなくて、途中下車。降りた瞬間、練習着を入れてた透けないシルバーのレジ袋の中身を全てサブバッグの中に直接しまって、空にした袋に盛大にリバース!(汚くて、本当にごめんなさい…)
みっともなく駅も電車も汚さずに済んだのはいいけど、本当に気持ち悪い。おまけにその汚い袋の始末に本当に困った(最終的にトイレに流して汚い袋は別の袋に入れて口を縛ってゴミ箱見つけて捨てた)。トイレに駆け込んで10分後くらいの電車に乗って何とか会社に着いたけど、始業の打刻をして10分くらいは本当に頭痛がひどくて、休憩時間を申告してコーヒーを買いに行くことに。
温かいコーヒーを飲んだら少しずつ落ち着いてきたけれども、こんな、冷や汗が止まらなくてたまらず吐いてしまうほどの片頭痛は久しぶり。まぁ、粗相はしなかったとはいえ、外で吐くという朝から惨めな出来事にあまりに情けなくて泣きそうに…。ホームに人がほとんどいなくてよかったけど、「げ、あいつ吐いてるよ、二日酔いかな、だらしないな」とか思われてたら精神的に立ち直れない。純粋な体調不良なんだよ…。今週一滴もアルコールは口にしてないよ…。
そのあと頭痛は徐々に落ち着いたものの、胃の調子だけはどうにも良くない。
そんなわけで、とっても今日は元気がないたぬきです。